2008年6月19日

井上雄彦マンガ展

井上雄彦マンガ展
俺はこの方の作品には非常にインスバイアされ続けている。

二年前に初めて「スラムダンク」を読んだその日から…(そう!井上歴は短いのだ!)

いままでの作品総て揃えたよ。

感動だった…

マンガであれだけ心を揺さぶられるとは思わなかったもの!

今回の展示は「バガボンド」のフューチャーである。
連載中だから、当たり前か。

人の力…力という哲学。大いに考えてきた…

上野の森で…

水木英昭

2008年6月17日

デューク

デューク
サ・ラ・イエ〜!
オーラを感じましたよ。
デューク!

また、取り巻きの女の人達がすごい派手なのよ。
キズイタラ撮っていた。
水木英昭

2008年6月 3日

祭りのあと…

祭りのあと…
久しぶりだにそんな感覚だ…
今日も朝起きたら、頭の中は劇場に行こうとしていた。
…いろいろな事があった。
もちろん、いい事も悪い事も…

でもステージに立てば、全ては真っ白になる。その空間を皆さんが作ってくれる。
舞台…俺の居場所だ。
改めて実感した。

今日からもう演技講師の仕事が始まっている。
なんか…舞台を思い出すと…
正直いってさみしい。


<< 水木英昭 >>

2008年5月31日

再会

再会
唐突でびっくりするかもしれないが七年前に、劇団スーパーエキセントリックシアター時代の同期であった、山本年元という役者が亡くなった。
男4人しかいない内の貴重な一人である。

在団中の俺と奴は、かなり犬猿の仲であった。
ただ年に一度位、妙に長電話をしたりする。

かなり意識した存在ではあった。

コントグループを一緒に三年間やっていた。

もう七年であるなくなってから…

一度も、墓参りに行けてなかった…何故なら、お墓がある場所が三重県の山奥にあるからなのです。
やっといけた!

いろいろ話し掛けてみたが…何もしゃべり返さなかったな山本は。
当たり前か…

この前始めた夢に出てきたのにな!

でも、なんか胸のつかえがとれた気がする。

今回の公演ちょっとだけ違う気持ちで取り組んでいる。

<< 水木英昭 >>

2008年5月24日

地方公演終了です。

地方公演終了です。
岡山、名古屋と怒濤のスケジュールで周ってまいりました。
ホップ!ステップ!
といったの感じでしょうか…

本当…素晴らしく思い出深い公演となりました。
皆さんの応援していただいた笑顔がまだ頭から放れません。

さぁ、東京公演頑張りますっせ!
写真は、ひつまぶしを食べた店「いばしょう」

<< 水木英昭 >>

2008年4月29日

サンキュー(39)

サンキュー(39)
みんなサンキュー!!
とってもうれしい誕生日でした。
ちょっと泣きそうになった。
稽古に着いたら、みんな小道具やら衣裳の買い出しにいってるとのこと…
一生懸命働いて貰って申し訳ないと思ってるさなか…奥から、稽古場のビルの守衛さんが、眉間に皺をよせやってきた。
また、五月蠅くしすぎてクレームか…
もう大人だ、笑顔で謝ろうと思ったとき…その初老の守衛さんが口を開いた。

「水木さんて方いらっしゃいますか?」
「はい…私ですが…」
「あの〜(たどたどしく)お誕、生日…おめでとうございます〜」
その瞬間、クラッカーがなりケーキを持って全員が登場してくれた。

まさに、うれしはずかし…最高にうれしかった…
また、心にエネルギーを貰った。

地位や名誉…そんなものは関係ない!

気持ちが最高にうれしいんだよ。

そう心から思える、三十九歳の誕生日。

サンキュー(39)な日でした。

感謝の気持ちを絶対に忘れない。

そんな一年にしていきたい。

みんなありがとう!


<< 水木英昭 >>

2008年4月22日

餃子という鎹

餃子という鎹
ナポレオンズのボナ植木さんです。
打ち合わせの後に、稽古場近くの餃子が自慢の店に立ち寄りました。
(まぁ、神保町の稽古場の場合だいたいここなんですが…)本当においしいんですよ。
相澤一成の教えに従って、(おいしい餃子は酢だけで食べる)実践しています。
ボナさんも、ここの餃子には痛く感激しておりました。
話しも弾み、過去の餃子自慢話しからエピソードへ〜。
ボナ談「俺さぁ〜前に地方に行った時に、夜どうしても餃子が食べたくなって、相方と二人で外に出たら…餃子らしき看板を見掛けて、急いで駆け寄ったら、順子ってスナックだったんだよ」
笑ってしまった!

そこから、各々のブロデュースしてる仕事の話しから、馬鹿な話し。

餃子一つが、すごい空気を作ってくれました。
おいしいものがもつパワーの凄さ、そして偉大さを実感した。

これからも、また楽しい仕事が出来そうです。
餃子よありがとう。


<< 水木英昭 >>

2008年4月18日

ほっとする。

眠れぬ夜の電波ハイジャックの稽古始まりました〜。
めずらしく、初日に全員集合となりました。
それぞれの緊張感の中みんなが集合する。
でも、俺にとってはまず最初にほっとする瞬間でもあるのだ…まずは、ここまで漕ぎ着けた…。
稽古に入るまでの準備がまぁ〜一苦労なのだ。
もしや、ここまでが一番大変だと思うくらいである。
少なからず、原育美は同じ気持ちだろう。

しかし、ほっとするのはほんの束の間である。
本読みをすれば、すぐに現実が乗り掛かる。
本読みが終わった頃には完全に演出家のモードに切り替わる。
これが一か月続き…本番直前に役者のモードに切り替える。
俺のペースのホップ、ステップ、ジャンプである。
まずは、うまくステップに乗った感はある。
後は、思いっ切りジャンプした状態で皆さんと御会いしたい!

悩める男 相澤一成

ほっとする。

<< 水木英昭 >>

2008年3月 5日

更なる仲間の活躍

更なる仲間の活躍
まさか、この男がプロボクサーになるとは…

驚かされた…

まさか試合にでるとは…
驚いた…

試合を観にいったら…
感動した!

逞しく成長した、イヴ(ホストのジジョウでの役名)がいた。

ヒロノシンは、知る人ぞしる、フォークソング界のスーパースター。
ばんばひろふみさんの一人息子である。

たくさんの悩みを抱えた事もあったろうと思う。
自分に向き合いたくボクシングをはじめたんですとヒロはいった。

ボクシングが好きで、ジムに通っていた経験のある俺はプロボクサーになる過酷さは多少知ってるつもりだ。

大したもんだよヒロ。
ちと今回はこの仲間の雄姿をただ伝えたかった。
結果は…

うん。己との勝負には負けなかったと思いますよ。

奴はまた必ずリングに立つと思います。

ヒロ負けんなよ!

最高だぜ!


<<水木英昭>>

2008年2月23日

命の日

命の日
二月二十二日
゛命の日″
こう名付ける事にした。俺の身直に、また精一杯に生涯をまっとうした男がいた…
自分の立場を弁え、頼るところは頼り、俺の仕事は一切邪魔をせず…いや…むしろ、とても大きな起爆剤にバイタリティーの源にと、俺の精神的な支えとなってくれた男である。
東京にでてから、二十年間で住居を四度変えているが、全て奴と共に生きてきた。
一緒にいる事が当たり前だと思っていた。
いなくなる事など考えてもいなかった。
情けない…つくづく情けない…
当たり前の大事さに全く気付こうともせず、足下を観ず、外で仕事をするばかりが自分の使命だと酔っていた。
愚かである。
なんの為に仕事をし、誰に喜んで欲しくて仕事をするのか…抑えきれない涙を何度もぬぐいながら考えさせられた。

奴は俺に猶予をくれた。二月一日に、腎不全と診断され…一週間の間、生と死の淵を彷徨いながらも、一度は生還し、十日間だけまた一緒に生活をする時間をくれたのだ。
きっと、俺が後悔しないよう…改めて向き合う時間をくれたのであろう…。
今までありがとう。

この言葉いがい思い付かない。

人間のエゴで生活を共にし…ならば、与えるものを考えなければいけないはずなのに…与えて貰うだけだった…。

二月一日は確か、ファンクラブのみんなとの座談会の日だったと思う。
あの時の祈りも手伝って、しばらくは命を繋げたのだと思います。
この場を借りて、お礼を言わせていただきます。
本当にありがとう。

そして、最期を看取り…付きっきりで看病をしてくれた、妻の直子にも感謝の気持ちでいっぱいである。゛カノッサ″と名づけてくれたのも、直子だった。

゛命の日″の教え

今ある、当たり前の大切さを見失わない為に…
今日二十三日に、焼き場に行き仕事へ向かいます。
カノッサ!

いままで、本当にありがとう!

もっと強くなるよ!

最期の写真になった、命と直子。


<<水木 英昭>>

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